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娘が適応障害と診断されるまでの様子

子育て
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私の娘は、県外で保育士として働いています。

大学を卒業後、公立の保育所で働きはじめ1年目の終わりごろに「適応障害」と診断されました。

現在は、心療内科に通いながら保育士の仕事を続けています。

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とにかくがんばろうとする

娘は、小学生のときから「がんばる」子でした。

漢字の練習の宿題を何ページもしていったり、なんでも一生懸命がんばる子でした。

がんばるわりには、結果があまり出ない・・・そんな子でした。

高校のときは、部活での人間関係がうまくいかなくなったのがきっかけで不登校、保健室登校になりました。

それでも、保育士になりたい夢ができて保健室登校を続けながら大学受験勉強を必死にがんばり大学受験を乗り越えました。

大学では、夢に向かってがんばり、遊びもそんなにしないでアルバイトをしながら公務員試験の勉強をして公務員の保育士になることができました。

保育士の仕事はほんとうにしんどい

働きだして、数日すると「仕事に行きたくない」と泣いて訴えてきました。

いきなり、一人担任のクラスの担任になり研修期間もなく子供たちの保育をすることになったのです。

公立の保育所だったのですが、忙しい時間には補助がついてくれるけどあとは自分ひとりでしなければいけない状態だったのです。

保育案など、家に帰ってまで仕事をしている状態でした。

1年目だったので、他の先生に質問したら?と言っても、何を聞いていいのかもわからないと言っていました。

それでも、がんばって受かった保育士の仕事を辞めたくないと言い続けていました。

毎日、電話をしてきて「仕事に行きたくない」と言っていました。

よく言っていたのが「誰もみてくれない」「誰もおしえてくれない」でした。

それでも一緒に働いている人たちの悪口はほとんど言っていませんでした。

きっと、ほんとうにどうしたらいいのかわからないだけの状態だったのだと思います。

「やめて帰ってきていいんだよ」と何度も言いましたが、娘は「絶対に辞めない」と言い続けながら4月から12月の発表までがんばっていました。

体の不調を訴える

元からいろいろ体の不調は訴える子ではあったんですけど、どんどんそれがひどくなっていきました。

頭痛、吐き気、めまい・・・体中の痛み

風邪もよくひくようになっていました。

不眠、朝がおきにくいことも訴えるようになっていました。

休みの日は、ひとりで家でごろごろするだけでした。

休みの日も何もする気が起こらないと言っていました。

病院に行きたいと訴える

体調が悪くても仕事に行っていました。休むこともありませんでした。

そして、ある日突然「病院に行きたい」と言ってきたのでした。

「私は、おかしくなっている」「仕事に行かなければいけないのに行けない」

そして「子供がこわい」と言ってきたのです。

1年目でうまく保育ができてない状態で暴力をふるう子もいたりしたようだったのです。

その子供の保育について悩んでいたようです。

仕事を休ませる

私は、とりあえず仕事を休ませることにしました。

そして、私のほうから職場に電話をしました。

そのときは、主任の先生だったのですけど理解していただきました。

主任の先生もびっくりされていました。そんな状態だとはわからなかったと言われたのです。

「昨日も子供たちと楽しく遊んでいました」と言われたのです。

娘は、本当に職場でひとりでがんばっていたのです。

心療内科で「適応障害」と診断される

娘は、県外に住んでいます。

娘に「こちらに帰ってきたら?」と言ったのですがこのときも「帰らない」と言いました。

自分で病院を探すと言ったのです。

娘は自分でアパートから近い心療内科を探して電話をしてその日の午後に予約を取ることができ、自転車でその心療内科を受診しました。

いままでの経緯、今の精神状態、体の状態を話したようです。

そして、「適応障害」と診断されたのでした。

飲み薬を処方されました。

それと今後、どうすればよいのかを先生に言われたのが2点でした。

「仕事を休む」

「仕事をしながらストレスに強くなっていく」

とりあえず、1週間は休みなさいと言われ1週間休むことになったのです。

1週間休んで仕事に復帰しました。それからも、体調はなかなかよくなりませんでした。

「適応障害」と診断されてからもパニック発作を起こすようになっていったのでした。

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半世紀生きたあとは。