私たちには子供が二人いますが二人とも大学を卒業して社会人となり県外で生活をしています。
現在は、夫婦二人の生活です。
子育てが一段落して、夫婦二人だけになったときお互いの欠点が今まで以上に見えてきます。
子育て中は、子供の事で喧嘩もできてたけど喧嘩の材料も無くなってしまいます。
お互いを尊敬し合う夫婦もいるでしょうがなかなか難しいものです。
趣味が一緒だったり、一緒に旅行に行ったり仲の良い夫婦が理想なのでしょうが、私たち夫婦は、共通の話題もなく会話も少なくなってきました。
そうするうちに私自身、ここにいていいのかと思うようなってきたのです。
今は、お互いがしたいようにして必要なことだけを話をする、そんな生活で安定してきています。
やらない宣言をしてみる
料理が苦手な私ですが、子供たちがいるときはお弁当を作ったりすることはあまり苦痛に思っていませんでした。
それが、子供たちが出て夫のためにお弁当を作るのがなんだか嫌になったのです。
夫は、朝6時半には家を出るので5時過ぎには起きてお弁当を作らないといけませんでした。
それでも子供たちが大学に進学して、しばらくは早く起きて朝ごはんとお弁当を作っていました。
その後持病のリウマチの肺炎になり、入院したりしました。
それをきっかけに、お弁当卒業宣言をしたのです。
夫は、お小遣いが少ないのもあり、私のお弁当卒業宣言後、自分でお弁当を作るようになったのです。
それと同時に私は、朝食も作らなくなったのです。
現在は、夫がお味噌汁と自分のお弁当を作っています。
私は、夫より遅くおきて、夫が仕事に出かけるごろに、夫の作ったお味噌汁で朝食をとっています。
夫の作るお味噌汁は、はっきり言って美味しくありません。
野菜も小さく切りすぎて、食べにくいです。
でも、そのことは主人には言いません。
こっそり、お味噌を足して食べるのです。
やらない宣言をした場合は、自分がしてないことには文句を言わないというルールを決めてしないと上手くいきません。
家事は自然と分担制
結婚当初は、家事は私がほとんどしていました。そのうち、私の不器用さが目立ちはじめると夫が口出しをするようになりました。
うるさいと思いはじめたとき、夫にやってもらったのです。お風呂掃除や換気扇の掃除は、起用な夫のほうが断然上手いのです。
最初のころは気になることもありましたが、私は夫の家事に対して一切文句は言わなかったのです。
お互いの家事について、気になることがあっても鈍感力を発揮させるのです。
そうしていくとお互いの家事分担が当たり前になっていきます。
なので家事をしてくれている夫に感謝の気持ちはあまりないのです。
私の家事に対しても感謝してほしいとも思ってないのです。
家事の分担が私たち夫婦には当たり前だと思うようになってきました。
ただ、体調が悪かったり病気でお互いの家事をしなければならないときは、感謝をします。
夫婦一緒に行動をしない
私たち夫婦は、食事も一緒に食べることがほとんどありません。
朝は、主人が早いですし夜は、帰りが遅いので私が先に食べています。
起きる時間も寝る時間も別々です。
もちろん寝る部屋も別々です。
うちは狭いマンションなので、夫は和室で私はリビングで寝ています。
休みの日は、夫は朝早くから実家に行きます。
夫の両親は、健在ですが田舎の農家なので草刈りとか夫のすることはたくさんあるようです。
夫は、副業もしているので休みの日は家にいることはありません。
帰ってくるのは、夕方なので休みの日も一緒に行動することはありません。
私は、掃除をしたり、月に一回は子供のところへ行って映画を観たり、サッカー観戦に行きます。
一緒に行動しないことで、寂しいと思うこともありますが、お互いの趣味や好きなことがあまりにも違いすぎるので、一緒に行動しないほうがお互いのためにもいいのです。
お互いの行動について、どうだったとかも聞かないようにしています。
知らないほうがいいこともお互い都合がいいこともあったりするので、言わないほうがいいのかもしれません。
会話はなくても挨拶はする
夫は、テレビをほとんど見ないので一緒にテレビを見ることもありません。
なので一緒にリビングにいることも少ないので会話をほとんどしていません。
子供たちの様子やそのほかの必要なことだけを話しています。
ただ、私が一つだけ決めていることがあります。
それは、挨拶です。
おはよう
いってらっしゃい
おかえりなさい
おやすみなさい
この4つの挨拶だけは、毎日必ず言うことにしています。
夫から挨拶は、あまりしないのですが私が挨拶をすれば返ってきます。
一緒に行動しなくても会話をしなくても、お互いの存在を意識することは大切です。
最低限のあいさつは、大切なことです。
心のどこかでお互いをリスペクトする
困ったとき、本当に悩んだときに助け会うことができればいいのかもしれません。
日頃は、感謝をしなくてもいざという時に頼れる人かそばにいることは心強いものです。
もしかしたら、自然にリスペクトしあっているのかもしれません。